RESIDENTS

森の国 Valleyの住人

No.16
『人』がすべて

サン・クレア 取締役
の国での本プロジェクトを機に、これからのホテルのあり方や、地域との関わり方、従業員の働き方も含めて「愛されるホテルとは何か」を考え続けている。
その答えは「人」なのかもしれない、とサン・クレアを初期の段階から支え続けた副代表の中田智彦さんは語る。

森の国で水際のロッジがオープンすることが決まったのは2年前の夏。突如決まったこのプロジェクトは、水際のロッジを運営する会社、サン・クレアにとって大きな転換点となった。
広島県福山市と愛媛県宇和島市に2つのビジネスホテルを30年以上運営し続けてきたサン・クレアは、森の国での本プロジェクトを機に、これからのホテルのあり方や、地域との関わり方、従業員の働き方も含めて「愛されるホテルとは何か」を考え続けている。

その答えは「人」なのかもしれない、とサン・クレアを初期の段階から支え続けた現取締役の中田知彦さんは語る。

サン・クレアの15年間の歴史を知る彼が、なぜ愛媛県の山奥にビジネス進出することに賛同したのか、森の国でどのようなビジネスの可能性を見出しているのか、そしてなぜ単身で移住を決めたのか、彼やサン・クレアの過去も探りながらインタビューを行った。

接客業の面白さ

高校卒業後、ホテル専門学校に入学した中田さんは、一流ホテルでのインターンシップで日本人らしいおもてなし、接客の魅力に気づく。

「実際にホテルで働いてみると、接客スタッフがお客様の気づかない裏側でお客様のためにやっていることがすごいな、と思って。

自分は、誰かがうまくパフォーマンス発揮できるように準備をするような、裏方の立ち位置がもともと合っていたから、ホテルの接客が面白いと思った。」

専門学校卒業後、就職先のホテルに期待され入社した彼は、ホテルの花形であるフロントに配属。しかしそこで数年働く間、ストレスで言語障害になった経験もあったという。

その後は一度ホテル業界から離れたものの、ホテルの接客業が好きなことは変わらず、再びこの世界に戻ってきた。そして、ある時サン・クレアに出会ったのだ。

オリエンタルホテルとANCHOR HOTEL

当時サン・クレアは、広島県福山市と愛媛県宇和島市の2つのビジネスホテル『オリエンタルホテル』を運営していた。10年の間で、この二つのビジネスホテルで、お客様をおもてなしするノウハウや、オペレーションの管理、さらに当時はまだホテル業界では浸透していなかったウェブマーケティングの基礎を磨いてきた。

その裏側には、先代から抱えた50億の会社の借金を返済しなければいけないという隠されたミッションがあり、代表の細羽さんと副代表の中田さんは二人でこの難題を乗り越えながら会社を守り続けてきたという過去がある。

「当時は必死だった。常に人がおらんかったんよね。給料が上がらないから、入ってもやめて入ってもやめて、という繰り返しで。それでも少しずつ、一人ずつ一緒にやる人が増えてきて、借金も無事に整理できたタイミングで、インバウンド需要などの社会情勢が後押しして会社の絶頂期に入っていった。」

そして、本社のある地元福山市でANCHOR HOTELという、サン・クレアの想いをかけた初のホテルができることになった。

福山に碇(アンカー)を下ろすというコンセプトのもと、2019年にオープンしたANCHOR HOTELを皮切りに、波に乗ったサン・クレアは全国各地で多くのプロジェクトが並行して進む中、とあるご縁で愛媛県松野町の限界集落にあるホテルのリノベーションを請もつことになった。

森の国にくるまで

しかし中田さんは、当初、人口がたった270人の町の山の奥でわずか10室のホテルを経営していくことは正直厳しいと感じていたという。

「面白そうな案件だとは思ったけど、こんな山奥に誰が来るん?って話よね。

だけど、来るとやっぱりこの場所が良いわけよ。この場所に吸い寄せられて、東京からもすごい人がどんどんプロジェクトにジョインするようになってきて、『あぁ、この人たちと一緒にやれば絶対にいいもんができるわ』と思った。」

そして2020年の春、コロナで人々の価値観が大きく変わった。

密を避けるようになり、徐々にオンラインやリモートでの仕事が増える中、出張を目的としたビジネスホテルの需要は減ってくる。そして人々が求める「ラグジュアリー」への価値観も都会から田舎へシフトしていく。

「都会の高級ホテルで高いサービスを受けることがステータス、という時代は終わったんよね。例えばコーヒーを飲むなら、東京の高級絨毯の上ではなく、田舎の自然豊かな土と大自然の水の中の石の上で良いわけ。」

現場と経営の間で

経営戦略を考えていく中で、今後の社会の流れを先読みし、新しいことにも挑戦していくことが求められる。その中でホテルのオペレーションと調整しながら、やりたいことを現場に落とし込んでいくのが、接客の現場を10年以上経験してきた中田さんの手腕だ。

「ホテルの現場は、お客様を目の前にして働いているから、毎日忙しいし、その苦悩もわかる。だけど、その忙しさに感けて諦めたり、新しいことに挑戦しないと、ありきたりなものになっちゃうじゃん。それだとやる意味がないんよね。
誰かができない、と言ってやらないことは他のホテルもやれていないこと。じゃあそれをやるためにはどうすれば良いのか、できる方法を探すことが必要なんよ。」

また、森の国のような田舎でビジネスをやっていくためには、ホテルという点ではなく町という面で捉えなくてはいけない。

今ここでやっていることって、ホテルが主ではあるんだけど、町おこしになっていて。宿泊業として何ができるかではなくて、この町をどう盛り上げていくかを深く突き詰めてやっている。

良いホテルを創っていくだけだとうまくいかなくて、なんかこの町面白いよね、かっこいいよね、という来たくなる町にしたいよね。」

地元に恩返しを

水際のロッジがオープンしてから1年半の間、この町に入り込んで仕事と暮らしを営んできた中田さんは、この町の人の優しさに恩返しをしたいのだと語る。

「最初はビジネス戦略的な考えで、地元の人との付き合いを大事にしなきゃと思っていたんだけど、今はそれよりも、みんなに恩返しをしたい。

サン・クレアの人ではなく、中田知彦として、この人たちに、ちょっとだけでも信頼してもらいたいし頼ってもらいたい。」

そして、これ以上の付き合いをしていくのであれば地元の人と同じところに住みたいと考えた彼は、森の国への単身での移住を決意したのだ。

何回農作業を手伝いに行っても、どれだけお土産を持って行っても、この町の人からもらっている優しさや温かさに対しては全然お返しできなくて。

我々がこれから森の国でできることは、地元の方が丹精込めて作られている無農薬のお米など彼らのやっていることに付加価値をつけること、価値があることを証明してあげることだと思う。

人の役に立つ人間に

今森の国で生活する中でいちばん楽しいことを聞くと、隣の90歳のおばあちゃんと話すことだという中田さん。

「ある日家に帰ったら隣に住むおばあちゃんが自らが作った採れたての野菜を持ってきてくれたり、地元の人が引っ越し祝いをしようとビールを持って押しかけてきてくれたり、週末には一緒にうなぎ取りに行ったり。そういう日々の暮らしの中で地元の人たちと交流するのが楽しいんよね。

そして彼らが暮らしの中で困った時に自分を呼んでくれるようになったら、嬉しい。
こっちから、『何か困ってることないですか?』と聞いてお手伝いや助けに行くのではなく、彼らがちょっと困った時に電話をする人のリストの中に、自分の名前が入っていたら、嬉しいよね。」

インタビューの中で、母親から「人の役に立つ仕事、人と接する仕事をしなさい」と言われたことがホテルの接客業を始める原点であったと振り返る中田さん。

森の国に移住した今でも、その言葉は彼の生き方の根幹にあるのかもしれない。

ライター/井上美羽

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