RESIDENTS
No.15
思いをのせて
2021年夏。女の子がひとり、岩手県奥州市からやってきた。
奥州市は、鉄の原料を山から採掘できることから、およそ1000年前から鉄器や農具を生産する鉄のまち。
ここで、江戸時代末期から続く鉄器をつくる会社の第6代目となる及川円佳さん。
森の国には全国から色んな若者が集まる。
2021年夏。女の子がひとり、岩手県奥州市からやってきた。
奥州市は、900年程前から鉄の原料を川や山から採掘できたことから、半農半工で鉄器や農具を作っていた。
ここで、江戸時代末期から続く南部鉄器をつくる会社の第6代目後継者である及川円佳さん(26)。
彼女が遠い岩手県からはるばる愛媛県の森の国へやってきた理由は、「人がものを売る」ということを学ぶためだった。
家業を継ぐこと
朝は鉄器の工場のカンカンという音ともに目覚め、鉄の匂いがする町だと言われる奥州市。
鉄器が常に暮らしの中にあったという彼女は、家を継ぐということがいつの間にか彼女の使命となっていたのだという。
「イラストレーターになりたい、大工さんになりたいとも思ったこともありました。0から自分のやりたいことをつくれる周りの人が羨ましくて、鉄器という家業が重い荷物と感じたことも。
でもある時、
“宿命は、天から生まれてきたこと
使命は、そこで自分が課せられていること
運命は、それを自分がどう見るかということ”
という話を聞き、「家業を継ぐ」ということは自分の使命であり、それを自分がどう見るかで運命が決まると思えるようになったんです。
自分がそれをマイナスだと思ったらマイナスだし、プラスだと思えばプラスなんですよね」
販売が人であることの意味
家の会社で働きながら、COVID-19をきっかけに会社に新しい考えを取り入れたいと考えた円佳さん。人とのつながりについて考えたとき、販売業、接客業、サービス業ってなんだろう?と素朴な疑問を持ち始める。
「私たちの会社は、田舎で商いを営むものづくりのメーカーとして、良いものを作ることだけを考えていました。
もちろんそれも大事だけれども、鉄器が『売れる』んじゃなくて、『売る』という意識を持ちたいと思うようになって。鉄器が『売れる』という感覚だと、人じゃなくてロボットでもいい。
この地域にわざわざきてくれたお客様に対して『売る』っていう意識を自分たちが持っていかないと、人がいらなくなる、伝えたいことを伝えられなくなるんじゃないかなって思ったんです。だから接客サービスを極めているホテル業界に興味を持ち始めました」
森の国が自分の町とリンクする
「観光客の人にとって、地域のお店ってどういうものなんだろうと考えていたときに『旅はその地域の人との出会いが旅の本質を作る』という細羽さんのメッセージを聞いて、心が動いたんです。ホテルなのにホテルじゃない、面白い会社だなと思って。
私の実家である南部鉄器のお店も辺鄙なところにあって、わざわざ遠いところから買いに来てくれるお客様がいます。そして鉄器自体が高価なものであるから、その「高い」をどのように価値に変えていくのかを考えていく必要があります。
こうした課題意識をもちながら、森の国をみてみると、自分のまちとリンクするところがあって。
森の国、水際のロッジに来るお客様が、また来たい、幸せな瞬間を過ごせたと感じて帰るのを見て、自分のまちにやってきた観光客の人にも同じような感情を感じてもらえたら嬉しいなと思うんです」
夢中は努力より強い
「ここで学んだ言葉があって」と話し始める彼女は「夢中力」という言葉を口にする。
「水際のロッジは、施設も綺麗で、自然も素晴らしいけど、それ以上にそこで働く人が素敵。スタッフみんなが、夢中になって日々お客様のことを考えているからこそ、お客様がそれを感じて受け止めている。
みんなのベクトルがお客様に最高の旅をお届けしたいという一点に向いているから、仕事上で言いづらいことも言い合えるし、遠慮はしない。会社の空気が淀んでいない。
水際のロッジは『上品なサービス』ではなくて、『温かいサービス』だと感じています。お客様に対する考え方、お客様がどのような思いで泊まりに来ているのか、一人一人の背景に寄り添って接客している」
2ヶ月間、水際のロッジで接客を行いながら、人、お客様とのつながりについて考えた円佳さんは、この考えを地元に持ち帰って、自分たちの鉄器を通して笑顔になる人を増やしたいと言う。
「自分が生涯会える人や行ける場所は限られているけれど、モノは世界の反対側にもいくことができる。売るモノに私たちの思いをのせて、それが広がることで思いが広がればいいと思います」
ここから1000キロ以上距離が離れる奥州市。円佳さんや鉄器を通して、森の国は彼女のまちともつながった。
ライター/井上美羽