森の国

LIVING

森の国の住人たち

生き抜く力

気象予報士

水際のロッジで施設管理や、自然のアクティビティを提供する仕事をしている森治彦さんは、支配人の里美さんと夫婦で森の国へ移住してきた。
彼が何者かを知る人はここ森の国でもほとんどいない。
彼は一体何者なのか・・・!?今回のインタビューで少し明らかとなる。

森治彦さん

森の国の仕事と暮らし

水際のロッジでは、フロント業務の裏側で、四万十源流からホテルまで水を引っ張ってくるための水道、電気、ガスなどの施設管理から、自然の魅力をお客様に伝えるアクティビティ講師まで幅広い業務を行っている治彦さん。

自然アクティビティは、宿泊のお客様のためのナイトツアーを行い、お客様と共に森の夜を散歩する。
「アナグマや野ウサギ、鹿、猿、ムササビなどの動物たちが滑床には住んでいるのですが、夜行性の動物もたくさんいます。滑床渓谷に泊まった人にしか味わえない夜の森を体験できるナイトツアーを行っています。また、周りが高い山に囲われていて空が綺麗なので、天気の良い時は星空観察も行っています。」

自然の動物や植物についての幅広い知識を持つ治彦さんは、夫婦で山の散策に出かけたり、温泉に行ったり、また、新たなアクテビティに向けた資格講習を受けたりと、休みの日も活動的。
「昨日はツリークライミングという木登りの資格をとりに、高知に行ってきました。動物は野生なので人間がコントロールできるものではないのですが、植物は関わり方を勉強すれば、より触れ合うことができます。ここは木がたくさんあるし、木登りができれば、木のことを違う視点で見られますよね。滑床渓谷の自然を目一杯楽しむためにできることがあれば、そういったアクティビティを増やしていきたいですね。」

高校生からほとんどの時間を海の上で過ごす

水際のロッジでは前面に立ち目立つより、陰でホテルを幅広く支えてくれている治彦さんだが、彼の人生は、かなりユニークだ。
東京都世田谷区出身の街っ子ではあったものの、小学生の頃からボーイスカウトに参加し、自然の中で生きていく術を身につけてきた。電気がなかったら?水がなかったら?火はどうやってつけるのか?食べ物がなかったらどうするか?というサバイバル力を培って来たおかげで、自分一人でどこでも生きていけるという。

高校生ではヨット部に入り、それ以降ほとんどの時間を海の上で過ごす生活を続けていた。ヨットの競技人口はかなりマイノリティーのため、馴染みのない人が多いのではないかと思うが、彼の人生はヨットなしでは語れない。

「20代の時に、太平洋を一周するキャンペーンに出たんです。当時はインターネットがまだあまり普及していなかったので、お天気ファックスが毎日船に届いて、それを見て、風を読みながら、船の航路を決めていました。」

自然と行きついた気象予報士という仕事

「ヨットに乗りながら、自分の命を守るために、天気図を見続ける生活を1年間やっていたんですよね。
その後、サイパンでスキューバダイビングの仕事をしていたのですが、サイパンには、天気予報というサービスが公共サービスに存在しないんです。台風の時なんかはすごく困って、天気予報がないと、ダイビング用のボートを陸にあげておいた方が良いのか、風がどこからくるのかもわからない。なので、僕はダイビングのショップに立ちながらお天気のことならなんでも聞いてね、と勝手に自分の名札に書いていたんですよね。そうしたらお客さんの中に日本人の気象予報士がいて、帰国後にサイパンまで気象学のテキストを送ってくれたりして。」

「お天気の仕事楽しそうだなーと思っていたところ、9.11のアメリカの同時多発テロの影響で、サイパンの労働者は観光産業が激減して多くの人が帰国しなければいけない状況になり、日本に帰ってきました。ノープランで日本に帰ってきたのですが、5年間くらい靴下を履かない生活をしていたので、日本で就職するのは無理だな、と思っていました。なので、受験生と託けて実家に戻り、気象予報士の勉強を半年間独学で勉強しました。無事気象予報士の試験に合格し、家の近くの気象会社で、たまたま募集があり、たまたま受けに行ったら、たまたま通ったんです。その後、そこで10年間くらい働いていました。」

仕事と趣味が逆転した

2年に1度の夏に、アメリカのロサンゼルスからハワイに10日間かけて太平洋を横断する、4000キロのヨットレースがある。そのレースにプレイヤーとして出るためには、2〜3週間の準備が必要なのだそう。
さらに、プレイヤーとしてではなく、船とレースを全体管理するバックアップ要員としての仕事をする場合、4月の末に日本を出発し、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ハワイを周り、戻ってくるのは9月になるのだそうだ。

気象予報士、会社員として働く10年の間にも、会社に許可をもらい、2年に1度、1ヶ月間太平洋横断ヨットレースにプレイヤーとして参加していた治彦さんだが、ある時、バックアップ要員としての仕事にも手を上げた。
それまで趣味としてやっていたヨットが仕事に変わった瞬間だ。

「ずっと趣味がヨットだと言っていたのですが、これだけ長くヨットに関わっていると、専門的な知見なども増えてくるので、ヨットのお仕事がだんだん増えてくるようになったんです。そして、仕事=天気、趣味=ヨットの生活を10年間続けていたわけですが、会社員10年目を機に、仕事=ヨット、趣味=天気に逆転させました。」

一人で宿屋を経営できる

そんな異例の経歴を持つ治彦さんだが、彼のすごさはこれだけではない。
調理師免許、大型自動車運転免許、危険物取扱者、防火管理者、旅行業務取扱管理者、など、何十もの資格を持つ彼は、もはや一人で宿屋を経営できるだけの知識と実力を持っている。

「大学卒業後は、ユースホステルの財団法人に就職し、環境教育、国際交流プログラムの仕事を行っていました。当時のマネージャーが、とにかく資格はなんでも役に立つからと言って、たくさんの資格を取らせてくれたんです。環境教育プラスαとして手当たり次第、色々な資格を取得しました。」

「結果、その資格が今ホテル業にも生きていて、大型自動車運転免許をもっているからお客様の送迎にマイクロバスの運転ができたり、調理師免許を持っているからご飯の提供ができたり、危険物取り扱いの免許をもっているから、施設管理でボイラーの取り扱いもできたり。」

「ただ、資格をとりたいというよりは、一個のことをずっと続けると飽きてくるので、ある程度までのゴール設定をするのですが、そのゴールとして設定しやすいのが資格なだけなんです。それを専門として何かをたちあげようという気もなくて、 話を広げると面白いよね、くらいのゆるい気持ちでやっています。」

今ある環境の中でその空間を楽しむ

今回、奥さんであり水際のロッジ支配人である里美さんの次に、治彦さんのインタビューをさせてもらったのだが、里美さんと治彦さんは、真逆の性格であると感じた。
治彦さんは、今ここにない何かを求めて突き進めていくタイプではなく、今ある環境の中で、何かを見つけたり、その空間を楽しむことが自分の幸福につながるのだと語る。

「船の上では船の上での楽しさがあり、森の中では森の中の楽しさがある。
その中でより自分が気持ち良いと思えるようなことができれば良いんです。一期一会の出会いの中で森の国があって、僕の人生の一瞬がここに関わっている。ベストよりはベターの選択だったのかもしれないけど、その中で、よりよくしたり、そこの中で人々をハッピーにさせることができれば、それでいいかな。」

そう語る彼の言葉には、かなりの厚みがある。
「若い頃は、自分が良いと思うものと思わないものの距離感が遠かったけど、今はそんなに遠く感じなくなってきた。例えば、テレビもない生活に対してイラっとはしないし、寧ろ自分の持っている引き出しのどれを使ってここを面白くしていくかを考える方が楽しいですね。」

「20代には20代、30代には30代、それぞれの年代に響き方と戦い方と、社会を良くしていくやり方があるから、その時々に合ったやり方で生きていけば良いと思います。」と、様々な経験をしてきた治彦さんのだからこそ言えるそのメッセージはとても心強い。

彼の引き出しをすべて開けるのにはまだまだ時間がかかりそうだ。

ライター/井上美羽