RESIDENTS

No.35
森の国のヒーロー
2024年9月から森の国松野町の目黒地区を度々小学生たちが訪れるようになった。
こども家庭庁が行なっているこどもの居場所づくり支援を活用し、学校への行きにくさを抱えている近隣の小中学生が平日に安心して過ごせる居場所を提供している。
プロジェクトの開始から5ヶ月が経ち、子ども達が野菜を収穫させてもらったり家に遊びに行かせてもらったりと、地域住民との交流が次第に増えてきた。
住民の中に「いつでも子ども達連れてこいよ〜」と頼もしい声をかけてくれる方がいる。
森英雄(もりひでお)さん、通称「森のヒーロー」だ。
自然の遊びをなんぼでも
森さんは子ども達がくると家の脇にある作事場で工作を教えてくれる。ある日は竹林から切った竹にドリルで穴をあける竹灯篭。別の日は畑のモグラ対策になるというペットボトル風車や、森さんが幼い頃に作っていたという竹鉄砲に輪ゴム鉄砲など子どもが興味を持つものばかり。小学生たちは好奇心に満ちた表情で道具を持つ。


「ね〜、この竹で笛作れる?」という子どもの無茶なお願いにも「やってみちゃろか」と即座に応える森さん。子ども達にとって森さんは、何でも手作りしてしまうまさに無敵のヒーローである。
「俺が小学生の頃なんて学校の帰りに竹鉄砲作って遊んだり川だって何往復も泳いだりしとったんで。滑床渓谷でも遊びまくったけん、みんなが知らない洞窟みたいな場所も知っとるんで。今の子どもたちや集落に移住した若者には、そういう自然の遊びとかなんぼでも教えちゃるけん」
ヒーローが伝えてくれること
森さんが教えてくれるのは自然のものを使った工作だけではない。


彼はこの地域のウナギ獲り名人でもある。天然ウナギを獲る仕掛けの作り方を教わった際、彼は「ウナギの気持ちにならないけん」と何度も口にしていた。
「仕掛ける場所も、ウナギが遠くからも餌になるミミズの匂いを嗅げるように、川の地形や川の流れを考えながら決めんといけんので」
ウナギの仕掛け作りだけでも、知識や技術だけでなく自然に対する一体感や尊敬の心が伝わってくる。

「じゅんぐりの話って知っとるか?」と、森さんは話し始める。
「昔、目黒にいた田代(たしろ)って名前の猟師が猪を狩るために動物たちが泥浴びする山の上で待ち伏せしよったんよ。そしたら目の前にミミズが出てきて、それをカエルが食ったんよ。そのあと蛇が出てきてカエルを飲み込んでその蛇を今度は猪が食べた。田代は『よし、今度は俺が猪を撃つ番じゃ』と思って火縄銃を構えたんよ。その時田代は『待てよ、ここで猪を撃ったら次は自分がもっと大きい何かに狙われる』って気が付いたんよ。そんで木の上を見たら怪物がおって、火縄銃持ちながら大急ぎで帰ったんと。今では田代沼の伝説って呼んどる人も多いけど、俺は実際に自分の親父から聞いたんで」
人間こそがこの世界の頂点にいるという考えは大間違いであり、人間は自然の一部である。森さんが話してくれるこうした後世に残る言い伝えや自然の中での遊びの流儀がこの森で暮らしを営んできた人々の自然との関わり方を映し出しているのである。
ヒーローの風
物作りの知識や技術だけでなく、人と自然がどう繋がっているのかを言い伝えや体験を通して私たちに教えてくれる森さん。2025年からは目黒地区の新区長として、訪れる子どもたちだけでなく、地域全体に力強く温かい風をもたらしてくれるだろう。
この地域に、そして未来を生きる子どもたちに、自然と共生する心意気が息づいていくことを願いながら今日も子どもたちとヒーローの作事場を訪ねる。
ライター・写真:芝 和佳奈
編集:宮岡 美羽