AMBITION

森の国 Valleyの挑戦
2023.11.08
美食の森

若手料理人が見る限界集落の食の可能性【美食の森 企画Vol.1】

2023年10月。松野町目黒集落は、「食欲の秋」という名にふさわしいほどにさまざまな食材が行き交うようになっていた。道を歩けば「さつまいもと栗はいるか〜?」「銀杏があるで」「里芋掘りににきさいや」「今年は柿が豊作や」なんて近所の方々が声をかけてくれる。おかげで私のお腹はいつも満たされている。(良くも悪くも)

これらの食材を上手にいただく料理方法を自分が知っていたら、この地域の食材をもっと美味しく食べられるのに。そう考えていた時に、あるアイディアを思いついた。

「森の国に料理人を呼んで、料理教室を開こう!」

そこでまず「森の国に来ないか?」と東京の知り合いのシェフに声をかけた。彼らは、都内の一等地で世界的に注目を浴びているフレンチレストランで働いていた2人の若手料理人とパティシエだった。

早口に森の国の話を説明し、忙しい彼らのスケジュールの中、「来て欲しい!」と強引に呼び寄せてしまった。でも私は半ば強引にでも彼らをここに呼ぶべきだと思っていた。今この森にくることが、この町にとっても、彼らにとっても、確実に未来につながると確信していたからだ。

目黒農家を訪ねる

10月中旬。10月にしては真夏のような暑さの日に、スーツケースと共に森の国にやってきたのは木村琢朗シェフ(30)。フレンチ専門のパティシエだ。サダハルアオキ、広尾のOdeで活躍後、2023年に独立し今は商品開発の仕事を中心に国内を飛び回る。将来は自分の店をもつという目標を持つ彼は、来年2月より渡仏し本場のフレンチのパティスリーやベーカリーでさらに研鑽を重ねる。

若くして圧倒的な実力を世の中に知らしめているパティシエを連れて最初に訪ねたのは、目黒のおばあちゃん、武本たみこさんの畑だ。たみこさんは旦那さんの武本茂栄さんと2人で米や旬の食材を育てる小規模多品目の兼業農家だ。

たみこさん家の採れたての水菜は、そのままかじるとジュースみたいで美味しい。(このジューシー水菜を全ての料理人に味わって欲しい…!)

今回いただいた、たみこさんとシゲさんが育てている秋の収穫食材は、水菜、ごぼう、里芋、栗、柚子などなど。「2人だけでこんな食べんからね。好きなだけ持っていき」とたくさんの食材をお裾分けしてくれた。

愛媛県南予地域で昔から食べられている郷土料理「芋炊き」。愛媛県ではお月見をかねて河川敷で鍋を囲む、愛媛ならではの秋の風物詩「芋たき」という伝統行事もある。

「ちょうど昨日、芋炊きしたんよ。余ってるから食べさいや」と芋炊きをご馳走に。味付けや具材は家庭によって違うが、里芋とツイモ(ハスイモ)はマスト!ツイモは、高知や愛媛、徳島で食べられている食材で、里芋の仲間。根ではなく、茎を食べる。切ると、断面は網目状の空洞になっており、酢漬けにしたり、炒めものや煮物に使われることが多い。木村シェフは初めて食べるツイモの食感に驚き、「この食感はお菓子にも使えそう」と、パティシエならではの視点で食材を見る。

モクズガニ漁に出る

もう一つ。この時期に採れる地域食材の代表格として「モクズガニ(ツガニ)」がある。高級蟹として知られている上海蟹の同属異種で、大きなハサミに濃い毛が生えるのが特徴だ。訪ねたのは、モクズガニ漁のプロの毛利彰男さん。カニ漁だけでなく、合鴨農法での無農薬の米作りや放し飼いの養鶏など、自然の中で自給自足の生活をしている。

モクズガニは水から茹で(必ず水から茹でないと足がとれてしまう)、身や蟹味噌をいただく。その際に出た出汁は味噌汁や、先程紹介した芋炊きの出汁にすると旨味が倍増する。

今回のイベント、森の国Chef’s Studio(料理教室)では、磯和将行シェフ(26)のもと「モクズガニのうま味発酵調味料(ガルム)」づくりに挑戦。磯和シェフは日本の高校卒業後、カナダに留学し現地の調理師専門学校を卒業。その後、現地の多国籍レストランの厨房を数店舗経験し、多民族国家のカナダに息づくフュージョン料理を学んだ。「オーセンティック(本物)に囚われないカナダの柔軟な食文化が自分に合っていた」と話す彼は、来年からカナダに戻る予定だ。

カボチャを食べさせて1週間ほど養殖するとより旨味が増すのだそう。カゴに隙間があるとすぐに逃げてしまうので要注意だ。

滑床渓谷の川魚を獲る

目黒集落には、滑床渓谷から超軟水(硬度6mg/l)が流れており、その水は目黒川を通り、四万十川までつづいている。滑床渓谷沿いの養魚場でアマゴ、アユ、ニジマスの養殖を行っているのは竹内義富さんだ。「さつま汁用に、川魚が欲しい」と伝えると、「ちょっとまっちょれー」とゴム製の防水ブーツ(胴付長靴)を着て、生け簀に入り、慣れた手つきで獲ってくれた。

アユとニジマス

今回いただいたアユとニジマスは、イベントのランチで提供するさつま汁に。「さつま汁(冷や汁)」は、白身魚や川魚と味噌を使った愛媛県の南予地域の郷土料理だ。南予地域は愛媛県でも港町が栄えている場所の一つであり、魚を使う料理が多い。漁師が船上でたべていたというさつま汁は、麦飯の上に汁をかけ、薬味にはみかんの皮を加えて食べるのが一般的なのだそう。夏には冷やして食べることから冷や汁とも呼ばれる。

醤油の歴史を知る

今回は、日本の郷土料理では欠かせない調味料「醤油」と「味噌」を調達するために、大洲の老舗醤油蔵「梶田商店」を訪ねた。大洲で梶田家4~6代目により醤油醸造業として創業し、1874年、8代目で現在の場所に移転してから醤油を醸造し続けている。(初代は紙問屋だったそうだ)この醤油蔵では、化学的な添加物は一切使わず、原材料の調達先も県内の厳選された契約農家から仕入れた大豆と小麦と塩だけで造る「巽醤油」をメインに販売をしている。梶田家の13代目梶田泰嗣さんから醤油の歴史や今の醤油について、熱い話を伺いながら、醤油がどのような工程を経て作られているのか、現在流通している醤油がどのようなサプライチェーンを通して販売されているのか、といった話を聞き、知らないこと、知るべきことは醤油ひとつとっても、たくさんあるのだということを知った。(この話は長くなるので、また別の機会に記事にします^^;)

巽醤油の加工過程について、Tシャツの裏にプリントしているイラストを見せながら説明してくれた梶田泰嗣さん

目黒の土と米を学ぶ

料理教室当日。前日までもタイトなスケジュールで南予地域の食材巡りの旅と仕込みをおこなったのだが、まだまだ料理人たちに見せたい場所はたくさんあった。早朝、サン・クレア代表の細羽雅之さんが自ら自然農法で耕している畑と田んぼにやってきた。

水が豊かな目黒は昔から米作りが盛んに行われていた。目黒集落内にも米作り農家は多いが、高齢化に伴い稲作をやめる住民たちも徐々に増えてきている。こうした背景もサン・クレアが森の国Valley事業の一環として米作りに力を入れている理由の一つだ。昔からの田園風景を守りながら、上流に住む私たちが先導に立って自然農法に取り組むことが、この森を持続可能にするために、そして地球環境を再生可能な状況に持っていくために必要なことなのだ。こうした話をしながら、田んぼの畦道を散歩する。

もちろん、米作りだけでなく、野菜作りについても学ぶ。「米も野菜も、美味しい野菜を育てようという意識ではなく、まずは良い土を作ろうという意識でやることが大切です。野菜はその副産物なんです」と土に触れながら説明してくれるのは細羽さん。ホテル経営者である彼は、4年前に目黒に家族移住し、3年前から新規就農をした。それからは自然農法の先駆者たちに話を聞いたり本やネットで情報を集めながら、目黒地域に合った、独自のやり方を編み出すためにさまざまな方法にチャレンジし続けている。

今回教えてもらったのは「菌ちゃん農法」。土は、腸内と同じで、良い菌をいかに増やしていくかが重要。「虫がやってくるのは、土が微妙に腐っていることが原因です。腐らせるのではなく、発酵させていくのです」という細羽さんの説明に対し、「ガルム(発酵調味料)作りと同じですね」と磯和シェフ。土づくりも、体づくりも、料理もすべて、良いものをつくるための原理は同じなのかもしれない。

まいまいファームにて、料理教室参加者と共に土づくりの作業を行った。原木椎茸で使用した木が目黒にはたくさんあるが、それは今回の土づくりにとっては宝のような存在だ。

ガルム(うま味調味料)づくり

さて、目黒の食材と土、郷土料理についての数日間にわたるインプットを終えた料理人たちは、ようやく本番の料理教室を迎える。

カニをみんなで切る

「MSG(グルタミン酸ナトリウム)って、皆さん知っていますか?」という問いかけから始まった磯和シェフのセッション。「旨味を抽出した化学調味料なんですが、アメリカでは化学的なMSGを控える人も増えてきました。今回は、自然派調味料であるガルムを、この町の天然食材を使って作っていきたいと思います」

ガルムとは、古代ローマ時代から地中海沿岸で作られていたギリシャ発祥の発酵魚醤。塩水に漬け込むと魚肉のタンパク質が分解されてうま味成分のアミノ酸に変化していき、こうして完成したものを濾過した液体を「ガルム」という。

「ガルムに使用するのは、生のものであれば、食べられずに捨ててしまう端材でも十分です。肉だと、レバーとか骨を使っても良いし、椎茸だと竺などがよいですね」

50%ほどの塩と混ぜて、1年置く。

こうした発酵旨味調味料は、今世界的に再注目を浴びている。世界のベストレストランとしても有名なデンマークのレストランnoma(ノーマ)には、うま味素材の開発担当者がいるそうだ。

完成したモクズガニのガルム(左)と鹿肉のガルム(右)

目黒の自然栽培米でパフェ作り

「レシピに従順にならなければいけないというイメージのあるお菓子づくりですが、どういうお菓子を作りたいかをイメージしてお菓子作りをしていってもらえたら、もっとお菓子作りへのハードルが下がるのではないかなと思っています。今回はレシピを教えるというよりもこうした考え方をイベントを通して、皆様に伝えていけたらと思っています」

木村シェフが今回教えてくれるのは目黒の自然栽培米を使ったパフェ作り。

「毎日食べたい味は違いますよね。生菓子は特にグラムで計測せずに、目分量で大丈夫です。その日の気分に合わせて見た目で分量や混ぜ具合などを判断できるようになるとよいですね」と伝え、デモンストレーションをしながら進行。

目黒米のミルクデザートに、ヨーグルトムース、酒粕のアイスクリームを重ねたパフェ

あっという間に、レストランで出てくるようなデザートが完成した。

料理教室を終えると、目黒の旬の食材と郷土料理がテーブルに並ぶ。魚と味噌と出汁(今回はガルム)を使った郷土料理「さつま汁(冷汁)」、そして、目黒の里芋を使ってアッシュパルマンティエ(フレンチのグラタン。通常はじゃがいもを使う)を磯和シェフがランチとして用意。また、お土産の焼き菓子として、バナナケーキと柚子チョコマカロンを木村シェフが作ってくれた。

今回講師を務めてくれた木村琢朗パティシエ(左)と磯和将行シェフ(右)

今回のイベントのテーマは「伝統と革新」だった。愛媛県南予地域には、郷土料理が家庭の食卓や町の飲食店で残る、日本国内でも希少な地域だ。

しかし、若者の都心への流出や、地域住民の高齢化により、母親の家庭料理(イタリアではマンマの味という)が家庭の食卓に並ぶ機会や、郷土料理を食べる機会、地域の旬の食材を暮らしにとり入れる機会が減ってきているという現状がある。その土地に根付き受け継がれてきた郷土料理には、美味さにつながる食材の活かし方や先人たちの食の知恵が詰まっている。だからこそ、過去、何百年という歴史を超えてもなお、地域の人々によって守られ受け継がれてきたのだ。

料理人が日本の地域の郷土料理や食文化を学び、そこにプロの新しい知恵を吹き込むことで、これまでの伝統が現代の流れの中で生まれ変わりさらに受け継がれていく。そして、その手法を地元の移住者が知ることで、新たな形で郷土料理がこの土地に残り続けるのだ。


講師 / 木村琢朗・磯和将行
企画・運営・執筆編集 / 井上美羽
写真提供 / 善毛宏明