AMBITION

森の国 Valleyの挑戦
2024.08.26
NAMECAMP

NAME CAMP 2024「自然の脅威と共に生きる」

#NAMECAMP

「自分は野外教育を修士まで勉強してきたのに、いざ卒業したら、野外教育を社会で活かせる環境が日本にはなかった」

NAME CAMPディレクターのまいまいこと、前川真生子はサン・クレア入社当時、こう語っていた。

ホテル事業を15年間進めてきたサン・クレアに吹いた新しい風。まいまいは新卒入社早々、ホテリエの傍ら、新たに教育事業を立ち上げる責任者となった。

野外教育で伝えたいこと。それは4年前の入社当時から変わらない。「野外(自然)と対峙する経験、仲間と本気でぶつかる経験、自分と向き合う経験を通じて、生きる力を身につけること」だった。

前川真生子(キャンプネーム:まいまい)後列 右から三番目

NAME CAMP 2024は波乱の幕開けとなった。というのも、ディレクターのまいまいが、マウンテンバイクで海に出ることを予定していた日の前日の夜にマムシに噛まれ、重体。病院に救急搬送され、入院。キャンプからの離脱を余儀なくされた。

「最後まで子どもたちとキャンプをやり遂げたい」

悔しさ。不安。心配。彼女の中では様々な感情が交錯するが、遠くからキャンプを見守ることしかできなかった。

一方で、残された本部スタッフ、カウンセラーたちは、ディレクター不在の中、子どもたちを安全に海までマウンテンバイクに連れて行けるのか、夜遅くまで議論をした。

「今年のNAME CAMPはもう終わりかもしれない」

カウンセラースタッフの中では、そんな不安もよぎった。

まいまいがいないNAME CAMPは、NAME CAMPと言えるのか

今年で4回目を迎えるNAME CAMP。1年目からキャンプの様子を追ってきた筆者も、「NAME CAMPの本質は何か」を、ずっと考えていた。

まいまいがいない中、本部スタッフ、カウンセラーは不安を抱えながらも、常に本気でこどもたちと向き合い続けていた。「マウンテンバイクで40キロの旅をこのまま進めるべきかどうか」「南海トラフ臨時情報が発令されている中、海上泊を決行するべきかどうか」「縦走登山への出発のタイミングはいつが良いのか」

天候や自然災害、子どもたちの安全管理、子どもたちの体力やモチベーションを全て考慮しながら下す11日間での随所の判断は簡単なものではなかった。

「見守るべきか、介入するべきか」「どうにか安全にキャンプを遂行させてあげたい」「だけど挑戦もさせてあげたい」本部スタッフ、カウンセラーたちの頭の中では常に葛藤が渦巻いていた。

安全な環境作りは子どもたちにとってもちろん大切だ。だけど、大人が作った安心安全な環境の中で、子どもたちは本当に生きる力を身につけることはできるのだろうか?

野外で過ごす10泊11日間、ハプニングやアクシデントは日常茶飯事だ。自然災害や天候、病気、他人の感情など、自分ではどうしてもコントロールできない環境下において、子どもたちは身一つで立ち向かわなければならない。

5日目の深夜、急遽まいまいの代わりにキャンプディレクターとして富山から飛んできたのは、まいまいの夫でもあり、大学で野外教育を学んできた、きんたろうこと、金谷洸晟さんだ。彼がジョインするとたちまち、沈んでいたNAME CAMPの雰囲気が和やかになった。

金谷洸晟さん(キャンプネーム:きんたろう)

「NAME CAMPは、僕らが考えて構成したプログラムのエッセンスが10日間の目黒の暮らしに加わるだけ。全部のプログラムをやりきることを目的にすると、30泊くらいのプログラムにするしかないし、アクティビティをやることが目的なのであれば、他の体験プログラムで提供すればいい。プログラムの中止や延期に、集まった仲間と共に葛藤しながらも、11日間をやり抜くのがNAME CAMPなんだと、僕は思っています」と彼は話す。

人間によって計画されたプログラムは人間が少しだけコントロールできる要素であり、想定を広げることでトラブルにも対応することはできる。

しかし、プログラムを滞りなく遂行することで、今後地球上で起こりうる想定し得ない自然の脅威に立ち向かえる力を身につけることはできるのだろうか?

NAME CAMPにおいて、決まったプログラムを遂行することに大きな意味はないのかもしれない。

NAME CAMPにおけるアドベンチャーウェーブの考え方

NAME CAMPは、アドベンチャーウェーブの考えをベースにプログラムが構成されている。

「野外教育には『Adbenture wave(アドベンチャーウェーブ)』という考え方があります。『Adventure wave』はプログラムの動きのことを指している言葉です。私は精神的にも肉体的にもキャンプにはメリハリがあった方がいいと思っています。メリハリ(ウェーブの幅)が大きい方が、子供たちの心が揺さぶられ、グループがいい方向にも悪い方向にも動きが出ます。
NAME CAMPは、その振り幅をあえて大きくしています。また、ウェーブが統一的になっているのではなくて、どんどん波が大きくなるように仕掛けています。最初にチーム要素が強い登山を持ってきても、チームが出来上がっていない状態なので、『ただ単に山を登った』体験で終わってしまいます。特に組織キャンプなので、『チーム要素』が徐々に強くなっていくようにプログラムしています」

過去インタビュー記事抜粋

「予定していたプログラムがひとつ欠けたところでなめキャンプが崩れるわけではありません。それは、伝えたいことの本質はアクティビティの体験ではなくて、生きる力だから」と、まいまいは話す。

「どんな生きる力なのかは毎年メッセージが違うし、人によって違います。自然に身を委ねて、自然に近づいて一体になろうとすれば、必ずメッセージがもらえます。自然ではなく予定に縛られてしまうとそのメッセージは受け取れないのです」

NAME CAMP最終日、病室にいるまいまいからキャンパーたちにメッセージが届いた。そこには今年のNAME CAMPをまるでずっとそばでみていたかのように、彼らの10泊11日の経験を包み込む言葉が綴られていた。

個人的に、今年は本当にいろんなことがありました。キャンプ序盤から計画通りにプログラムを進められなかったり、スズメバチに刺されたり、マムシに噛まれたり。自然の中での活動はいくら計画してもその通りにはいかない、むしろ予定通りにいかない中でどう動けるかということを全員が試されているような気がしました。

計画通り目標通りに進める力を身につけさせることが多い社会ですが、今年のNAME CAMPでは計画通りいかなかったときにどうするか、そういう力こそ生きる力だと、教えられた気がします。

「なんであの時こうしてしまったんだろう」「これから先どうなるかな?」などと消極的な過去や未来を考えずに、子どもたちは今その瞬間を本気で生きている、そんな姿に勇気付けられました。
みんなにもきっといろんな困難があったと思います。「なんで自分だけ?」「うまくいかないなー。」と思ったこともあったかもしれない。それは何かのメッセージであることが多いです。

まいまいは、メッセージを受け取れるひと、困難を乗り越えられるひとにしかこういうことは起きないと思うので、今回のなめキャンプやひとつひとつの出来事からそれぞれが学んだことが今後とても大切になってくると思います。そのメッセージが受け取れたとき、NAME CAMPはみんなの背中を押してくれる生涯のお守りとなってくれます。是非メッセージを掴んでください。

前川真生子

このメッセージを受け取ったカウンセラーやキャンパーたちは何を考えたのだろうか。

まいまいの強さ。それは困難を挑戦に変え、立ち向かうことができる力なのだと、筆者は思う。

他人に流されず、環境に流されず、自身の中に判断の軸を持ちながら時には柔軟に対応する力。
わたしたちの「生」をも脅かす自然の脅威や、予測不可能な地球の変化に立ち向かえる力。

その中で自分で判断して道を切り拓く力こそが今、本当に必要とされる「生きる力」なのかもしれない。

『まいまいのいないNAME CAMPはNAME CAMPと言えるのだろうか』

この問いは、事業を作り上げた彼女自身の中にもずっと渦巻いていた問いだったであろう。

もしかしたら、自然に試され、それを乗り越えたNAME CAMPというプログラムがまいまいの手から巣立った今年、初めてNAME CAMPが確立されたと言えるのかもしれない。

ライター・写真 /  井上美羽