REPORT

「都市と地方の混ざり合いが、日本の未来をつくる」─藻谷浩介さんと見つめた森の国Valleyのこれから
世界中・日本中を歩く「地域社会」の語り部
世界各国、そして全国の市町村をくまなく歩き、地域の現場を自分の目で見てきた藻谷浩介(もたにこうすけ)さん。代表作『里山資本主義』では、地方に存在する資源や人のつながりを資本として再評価し、持続可能な社会のモデルとして提示したことで知られている。 経済、人口、エネルギー、教育など多岐にわたるテーマを、統計と実体験の両面から語れる数少ない実践派の論客だ。
この日は、従来の枠にとらわれない教育を実践するFC今治高等学校の校長である辻正太さんからの紹介で、森の国Valleyが位置する愛媛県松野町を訪れてくれた。森の国Valleyの取り組み、中でも「あめつち学舎」に関心を寄せてくださったことが来訪の大きなきっかけだった。
数字が示す地方のこれから
森の国Valleyの未来を数字で予測
藻谷さんが到着され、森の国Valleyのスタッフたちと夕食を囲みながら交流。夕食後、最初に語り始めたのは地域蘇生人として森の国Valleyで暮らす細羽雅之さん。
森の国Valleyの将来像を人口と世代構成から予測し、5年後、10年後の姿を具体的な数字で紹介した。



10年後の世代別人口予測(オレンジ色)
高齢化率はピークを越え、今後は減少傾向に。さらに、移住者と出生率の増加が相まって、人口は減るものの、徐々に世代ごとの人口のバランスがとれるようになっていくという仮説が示された。
その流れを受けるように、藻谷さんが語り始めた。
都会は人口が増えている、地方は減っているという錯覚
「東京にいる若者って増えていると思う?」
そう語りかけた後に藻谷さんが見せたのは、都市圏でもすでに若年層が減り始めているという衝撃のデータ。

75歳以上の増減率をみるとわかる通り、現在都市部の多くでは、バブル時代を機に流出した人口の高齢化が著しい。総人口が多い分「年寄りの成り手」の数が多く、将来的にも医療・介護・労働力の不足と生活保護などの高齢化に対応するためのコスト上昇が避けられない。
全国で最も合計特殊出生率が低くなった東京も、高齢者への対応が求められるため少子化対策に手が回りにくく、出生率や乳幼児率が増加する見込みは極めて薄いそうだ。「少子高齢化」と聞くと、どうしても過疎地域で起きている問題と思ってしまうが、データを見ると都市部でも深刻な状況ということがわかる。
一方で、過疎と呼ばれるいくつかの地域ではすでに乳幼児の割合が上昇しはじめていたり、人口の減少は見られるものの、都市部に比べて少子高齢化の進行が緩やかであると紹介してくれた。
小さな地域では、人口が少ない分「年寄りの成り手」の数自体が少なく、高齢化に伴うコスト上昇が起きにくい。その代わりに子育て支援が行き届き、地域コミュニティの強さなども相まって出生率の安定や乳幼児率の増加に繋がっていると考えられる。
今後、地方では農林業やローカルビジネス、教育などさまざまな面で価値が再評価され、25年後には都会から地方へ移住者があたりまえとなり、日本全体の乳幼児数も再び増え始める可能性が高いと語られた。

“資本”の再定義が、地方の価値を照らす
「里山資本主義」
「資本」とは本来、投資すれば利子が返ってくるもの。そして「資本」とは、お金だけを指すのではない。実際、私たちの周りには多様な資本があると具体的に示してくれた。
◯ 人的資本
子どもを産み、育て、学び合い、つながりを築くこと。
→ 次世代の継承や、地域の支え合いが生まれる。
◯ 自然資本
田畑や山、水、森の再生。
→ 食糧・水・燃料など、暮らしを支える「利子」が返ってくる。
◯ 物的資本
空き家を直す、道具を工夫して使う、景観を守る。
→ 長く使えるビンテージ的な価値や、地域の魅力が育つ。
◯ 金融資本
投資
→ 利子(ゼロ金利の今、金融に頼るのは難しい)
◯ 知的資本
経験から学び、地域の知恵や技術を受け継ぎ、発信すること。
→ 資本を活かす力そのものが身につく
私たちのものさしが変わるとき
都市部に建ち並ぶマンションやビル(=物的資本とされているもの)。高度経済成長期に建てられたものの多くが今では老朽化し、全ての修繕や建て替えには莫大な費用がかかる状況だ。さらに、若者の減少によって、修復工事を担う人手さえ確保しにくくなっている。
かつて都市部で資本だったはずの建物は、維持するだけで重荷となる負債になりつつあるのだ。
一方、地方ではどうか。都市部のように新しい建物が次々と建てられることはなく、古くからある家や田畑を自分たちで維持、管理し、作業を手伝ってくれた人には余った野菜を分けるような営みが残っている。周りにある資本を使い尽くすことなく、循環することができるかたちである。
日本の地方には、世界的にも希少な自然環境と、こうした循環型の文化が確かに残っている。お金を介さなくても豊かさが生まれるこれらの資本を活かさずに、経済規模や効率だけで価値を測ろうとするのは、あまりにももったいないことなのだ。
藻谷さんは、都市型の暮らしの構造が限界に達しつつある今こそ、地方に残る多様な資本を再発見し、都市の暮らしとも上手く組み合わせながら、次の時代の生き方を作っていく必要性があると力強く語ってくれた。
従来の正解を手放した先にあるもの
教育、暮らし、働き方、老後。すべてが都市基準の物差しで測られてきた時代から、「どこで、誰と、どう生きるか」を自分で選ぶ時代へと変わっている今、都市部の中だけの評価軸にとらわれない若者たちが、自分の人生を耕すために地方に目を向けている。実際に、森の国Valleyでも都会からの移住者は少しずつ増加し、今年は赤ちゃんが3人誕生する予定だ。

都市と地方がゆるやかに混ざり合う森の国Valleyでは、教育や農、空き家の活用、地域通貨など、さまざまなプロジェクトが形になりはじめている。一見バラバラに見える取り組みも、有機的につながりながら暮らしの土台となっていく。

森の国Valleyは、人々の混ざり合いの中から育まれる、新しい地域のモデルや暮らしのかたちを描いている。藻谷さんがこの地を訪れてくださったことで、自分たちがここで暮らすことを選んだ意味を、あらためて誇りに思えた時間となった。
ライター/芝和佳奈