RESIDENTS
No.40
花が咲かなくても
愛媛県松野町、目黒地区。
人口約230人の小さな集落で、昨年は3人の赤ちゃんが誕生した。配達に訪れる人から「町内で目黒が一番、子どもの声がするよ」と言われるほど、この地域は少しずつ賑やかになってきた。
そんな目黒地区で、もうすぐ父になる人がいる。
2025年春、妻が暮らしている目黒へ移住した、きんちゃんこと、金谷洸晟(かなたにこうせい)さんだ。

移住後、目黒地区で自然栽培を始め、「awen(アウェン)」として事業を立ち上げたきんちゃん。
妻であるまいまいは、昨年、勤めていた株式会社サンクレアから独立。まいまいが5年をかけて開拓したNAME CAMPなどの野外教育の分野が加わり、awenは今、自然栽培と野外教育の二つを軸で少しずつ形を広げている。※まいまいについての記事はこちら→太陽を背に歩く ※NAME CAMPについてはこちら→NAME CAMP公式サイト
「2人でやっていきたいっていうのが一番あって。同じことを学んできて、ずっと価値観がリンクしてるから」
今年は、awenとして初めて2人でNAME CAMPをつくった年。
そして2人の間にはもうすぐ新しい家族が増える。
新たな節目を迎えている今、awenを育てながら父になるきんちゃんに話を聞いた。

夫婦でつくるNAME CAMP
富山県出身の彼は、「より多くの子どもたちに野外教育を届けたい」という思いから、大学院卒業後に地元で教員になる道を選んだ。しかし、実際に働き始めると、目の前の業務をこなすことに精一杯で、学校で野外教育を拡充するには時間がかかることを痛感したという。

その頃、妻であるまいまいは森の国でNAME CAMPをつくり、野外教育の仕事を形にしていた。
「本当にやりたいことを叶えてて、すごいなって思ってた。俺もそれやりたいって思いながらも、教員だったから。そこには当時、羨ましさも感じてた」
「妻が本流にいるのに、そこに乗らない理由はなかった」という彼は、教員を辞め森の国にやってきた。
そして今年、awenとして初めて迎えたNAME CAMP。プログラムを大きく変えたわけではないが、歩く距離や自転車で進む距離を伸ばし、これまでよりハードルを上げた。
「毎回同じキャンプをするのも嫌だし。自分たちにとってもチャレンジになるように、子どもたちにとっても簡単なキャンプにしたくないなって」

子どもたちは疲れを見せつつも、スタッフも含めてみんなでゴールを目指し、最後には「しんどくても歩ききってよかった」「NAME CAMPに参加しないなんて人生損してる」「人生のお守りになった」という声が聞かれたという。
「まいまいと一から作ってやり切ることができ、子どもたちからそのような声が聞けたのは、大きな自信になった気がする」
遠くに行くなら
「やっぱり自分だけだとできないなって思う。まいまいの経験があるからできてることもいっぱいあるし。全部一緒にやるっていう感覚かな」
awenのことを2人で育てていく中で、1人で何かを決めることはほとんどない。

それは、自分の考えに自信がないからではない。まいまいがどう思うのかを聞いて、二人で決めた方がより良い方向に進めると思っているからだ。
『早く行きたければ1人で行け、遠くに行きたければみんなで行け』
大学時代の指導教員から教わり、NAME CAMPでも子どもたちに伝えている言葉だという。
「1人だったら早く行けるけど、2人とか、みんなで行ったら、早くは行けないけどもっと遠くまで行ける。目的地までたどり着けるっていう話をしていて。これは夫婦の在り方にも当てはまるだろうなって。今でもこの言葉は大事にしてるかも」
種のはなし
もうすぐ、まいまいとの間に初めての子どもが生まれる。
これまでNAME CAMPをはじめ、たくさんの子どもたちと関わってきた。それでも、自分が父親になることで、子どもを見る目は変わっていくのだろうと話す。
「今までは自分の子どもがいないのに他人の子どもを預かって教育事業に携わっていたから、どこかで説得力あんのかなって思ってた。でも自分に子どもができたらまた違ったキャンプになるんだろうなって」
「親になることも楽しみだけど、自分の子ども観がどう変わっていくのかが楽しみ」
父親になることでどんな変化が生まれるのかは、なってみなければわからない。

「よく『種をまかなければ花は咲かない』って言うと思うんだけど。これって種を蒔けば必ず芽が出て、花が咲いて、実がなるのが当たり前とされている言葉な気がする。
だけど、僕らの強みは、実際に種を蒔いていて、種を蒔いても芽が出ず花も咲かないこと、花が咲いても実にならないことがあるのを知っていることだと思う」
「でも種を蒔かなかったら芽が出ない。だから花が咲かず、実にもならないこともあるかもしれないけど、確実に種を蒔き続けたい。たとえ花が咲かなかったとしても、それを失敗と捉えない」

「今は咲かなくてもいつか咲くかもしれないし、その子にとってタイミングや環境など何かが違っていただけかもしれない。咲かないことも含めて受け入れて、見守ったり、支えてあげたいっていうのがawenの想いかな」
「しっかり丁寧に種を蒔く。あとは子どもたち、植物たちの力を信じて見守ってあげたい」
思い描いた通りにならないことさえ受け入れながら、目の前にいる存在の力を信じていく。自然栽培と野外教育の中で育まれてきたこの想いは、これから始まる3人での日々にも重なっていくように思う。

もうすぐ、きんちゃんは父になる。
ライター / 芝和佳奈
写真提供 / awen