RESIDENTS
No.39
太陽を背に歩く
そんな思いを胸に、東京から森の国Valleyへと移り住んだ前川真生子(まえかわまいこ)さん、通称・まいまい。移住から5年。今では、農と教育をつなぐプロジェクトの中心的存在として、森の国Valleyを舞台に暮らしている。
自然栽培を本格的に始めた彼女が、経験と葛藤のなかでたどり着いたのは「太陽を背にして歩く」という、新しい選択だった。この夏も全国から子どもたちが集う9泊10日の「NAME CAMP2025」にまいまいの姿がある。
変わりはじめたキャンプのかたち
今年のNAME CAMPは、これまでと体制が大きく異なる。
昨年までは、全国から集まった大学生がキャンプカウンセラーとして参加し、数日間の研修キャンプを経て運営に加わっていた。彼らの尽力によって、これまでの4年間NAME CAMPは支えられてきた。
5年目の開催となる今年は、あめつち学舎の学生や森の国Valleyのスタッフが中心となり、これまで信頼関係を築いてきた仲間たちとともに、より内発的な体制でキャンプ運営に挑んでいる。それぞれの経験が生き、また地域とのつながりをより深めた体制へと変わった。
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調理、子どもたちへの声掛け、自然体験など、まいまいが信頼する仲間たちがそれぞれの得意分野で力を発揮し、子どもたちに向き合う。
葛藤の夏を経て
体制を変える転機となったのは、昨年2024年のNAME CAMP中に起きた出来事。まいまいはマムシに噛まれ、緊急入院を余儀なくされた。長い時間をかけて企画してきたNAME CAMPに、自ら立つことができなくなった。
※NAME CAMP2024のレポート記事はこちら

「去年のNAME CAMP Jr.が終わった時、今まで自分が背負ってきたものから解放されたような感覚があって。その一方で、『私じゃなくてもNAME CAMPってできるんだ』って思って、寂しさもあった。急遽キャンプを引き継いでくれたスタッフがいてくれたおかげで、中止にせず無事に開催することができたし、何よりも子どもたちが楽しく過ごしてくれたことが本当にありがたかったけど、同時に『あれ?NAME CAMPといえば、まいまいじゃないんだ』って、複雑な感情もあったんだよね」

昨年末、まいまいは3週間ほど咳が止まらず、「これはただの風邪じゃない。何かに気づけというサインかもしれない」と感じていた。思い返してみると、NAME CAMPで助けてくれたスタッフに、心からの感謝を伝えきれていなかったことに気づいた。
あらためてお礼を伝えると、不思議と翌日には咳が止まったという。
ひととのつながりの中に残っていた感情のもつれが、まいまいの体にサインを送っていた。
NAME CAMPが始まった年から、まいまいが大切にしてきたテーマの1つに「ひとと生きる力」がある。
「たとえ合わないと感じる人がいても、その人を変えることはできない。でも、その存在が自分を変えるきっかけになることがある。NAME CAMPでは、ただ楽しく自由に過ごすだけでなく、負荷のある体験や他者との生活、関わりの中で、自分自身を知る瞬間が訪れる。自分が変わるきっかけには、いつも“ひと”の存在がある。誰かの言葉や行動、沈黙までもが、自分を映す鏡になる」
「ひとと生きる力」は、子どもたちだけでなく、まいまい自身がこれからも向き合い続けていくテーマなのだ。
太陽を背にして歩かないと
昨年末、咳が続き体調が悪いまいまいに、「何か言えていないことがあるんじゃないか」と声をかけてくれたのは、自然栽培を教えに森の国Valleyへ通ってくれている佐伯康人さんだった。

「まいまいは俺と似ているんだよ。スポットライトを浴びて1人で引っ張るんじゃなくて、周りのみんなに応援されて、後ろから光を当ててもらって輝くタイプなんだ。太陽を背にして歩かないと。自然栽培も1人じゃできない。みんなに声をかけて一緒にやってもらうんだ。充分みんなはまいまいに光を当てようとしているよ」
NAME CAMPや畑を自分1人で背負うものと感じていたまいまいにとって、佐伯さんの言葉は胸の奥にしみ込んだ。
「太陽を背にして歩く」とは、誰かに全てを委ねることでも、甘えることでもない。自分の力だけで立とうとするのをやめて、周りを信じ光をもらっていいと思えるようになることだった。

「自然栽培をみんなでやるのと同じで、NAME CAMPもみんなに助けを求めていいんだって考えになれたんだよね。周りのスタッフに声をかけたら『一緒にやりたい!』って言ってくれた」
必要なことは自然が教えてくれる
仲間に光をあててもらいながら歩き始めたその背中で、まいまいは、他者だけでなく自然栽培の畑もまた、自分を映す鏡のような存在であることに気づいた。
「自然栽培だと作物の収量や形、大きさもコントロールできない。だからこそ、いまの自分に必要なものが、必要な分だけ育ってくれてるように感じる」

「今年はトマトが枯れてしまったんだけど、梅とかスモモは豊作で。今の私にはトマトじゃなくて梅が必要なのかなって思って、梅干しを仕込もうってなったり」
自然栽培の畑では、何ひとつとして予定通りには育たない。だからこそ、目の前に現れるものが自分にとって必要なもののように思えるのだという。
自然と自分は切り離された存在ではない。
仏教の言葉でいう「身土不二(しんどふじ)」“自分の身と暮らす土地は一体である”という教えにも通じる感覚だという。

「今年、初めてミツバチが蜂箱にきてくれたり、ツバメが我が家に巣をつくってくれたりして、それも私に必要なメッセージを伝えてくれている気がするんだ。自然って本当に面白い」
キャンプも近づき始めたある日、仲間のスタッフがまいまいに送ってくれたのは、彼女の自宅の畑に住み着く一匹のカエルの写真だった。
「最初はまこっちゃんの畑に住み着くただのカエルだったんだけど、『今日の様子!』とか言って、写真を見せてもらってたりしていたら、私にとって何かしら意味を持つカエルになってきて(笑)周りの作物を育てるわけでもなく、肘をついて何にもしないし、何にも語らない。その姿を毎日見ていたら、『今年のNAME CAMPは究極の見守りスタイルで挑めってことか!』って思えてきたの」

「大学時代にお世話になった野外教育の師匠も、見守りのプロだったんだよね。何もしないし、何も言わないし、その場にいるだけなのに、学生がちゃんと育っていく。私はどうしてもよく口出ししちゃうんだけど、今年は信頼できるスタッフで挑めるから、私も究極の見守りスタイルに挑戦しようと思ってる」
背中で光を受け止めて
今年のNAME CAMP2025。子どもたちのにぎわいのすぐそばにたたずむまいまいの姿がある。
これまでのようにすべてを取り仕切る立場ではなく、信頼する仲間たちに囲まれながら、一人一人を見守る立ち位置へと変わっている。

畑の野菜、梅、カエル、ミツバチ、そして仲間たち。
どれもまいまいの背中を照らしてくれる存在だ。

太陽を背に歩く。
それは森の国Valleyでまいまいが見つけた、自分らしい歩き方だった。
ライター/芝和佳奈