AMBITION

森の国 Valleyの挑戦
2024.11.21
水際のロッジ美食の森

燗酒とピッツァのペアリングイベントから考える「善い食」とは

#Event#水際のロッジ#秋

燗酒(かんざけ/日本酒を温めて飲む飲み方)のパイオニア、水原将さんは、ジャンル問わず、全国のレストランシェフの料理に日本酒を合わせてきた。これまで冷やして呑まれて来た日本酒の概念を覆し、燗酒によって本当の日本酒の美味しさを精力的に伝えている。そして10月26日(土)、水際のロッジ / SELVAGGIO初の試みとして、ピッツァと燗酒を合わせる「日本酒×ピッツァ」のペアリングディナーイベントを実施。当日は、満席で迎えた。

料理を振る舞ったのは、東京都練馬区 PIZZERIA GTALIA DA FILIPPOの料理人、北久裕大さん。SELVAGGIO立ち上げ当初からここで4年半の間、料理長を務めた後、8月末に都内の本店に戻った。「東京に帰って、改めてこの町の食材の素晴らしさを再認識することができました。そのタイミングで今回ここで料理の機会をいただくことができました。僕が4年半、ここで料理をしてきた集大成だと思って作りました。イタリアンをベースに、梶田商店さんのお醤油など和食の要素も取り入れています。本日はよろしくお願いします」

という挨拶から始まり、料理がスタートした。

北久裕大さん
前菜は、愛媛の秋の風物詩「芋炊き」をイメージした『里芋のパンナコッタx 目黒柚子胡椒』と、『太刀魚の窯焼き 柑橘ジュレバルサミコ』

本イベントをプロデュースしたのは、大洲で江戸中期以降続く老舗の醤油蔵の梶田商店の13代目当主、梶田泰嗣さんだ。「僕は、『善い食』が広まれば必ず社会は良くなると信じて今醤油や味噌を醸しています。何を食べるかで、将来の自分の身体が変わることを知ってもらいたいと思っています。と同時に、『美味しい』の楽しさ、素晴らしさも体感して欲しい。愛媛での本イベントの開催はこれで5回目です。愛媛の食と美味しいお酒を合わせることで、地元の方々に地元の食材の美味しさに気づいてもらいたい。愛媛のポテンシャルを上げていきたいと思っています」

梶田泰嗣さん(左)と水原将さん(右)

そして、梶田さんと共に愛媛で燗酒を広めてきた水原将さん。彼は、格段に美味しい燗酒を入れるだけでなく、飲まれた方に二日酔いをさせないこと、ヘルスケアもとても大事にしている。

「さあ、最初のお酒は・・・」という説明から、会場は一瞬にして水原節に包まれ、燗酒の世界に引き込まれていく。

SELVAGGIO看板商品であるSTGマルゲリータピッツァと合わせるのは、京都の伊根町の地酒『伊根満開』。赤米で醸したお酒で赤ワインのような雰囲気がある日本酒だ。「これも日本酒のバリエーションの一つだと言うことを知って欲しい。ぜひピッツァを食べながらワインを飲むような感覚でお召し上がりください」という水原さんの音頭でお酒も進む。

梶田商店の巽醤油(淡口)を使った鯛一郎クンとドライトマトのパスタと合わせたのは、松野町の地酒『野武士』。「パスタを吸ってもぐもぐしている時に、野武士で追いかけてください」

菊芋とサルシッチャの目黒米リゾットと梶田商店の麦味噌(中辛)

「リゾットと共に飲んでいただくのは、純米吟醸です。純米吟醸はお燗につけていいの?と疑問に思う人も多いと思います。お米は炊き立てのご飯がいいですよね。同じように、日本酒はお米のお酒なので、生原酒であろうが、全部温めたほうが美味しいです。リゾットと共に口に入れて、完成させてください」

メインは、松野町のイノシシのポルケッタ 梶田商店麦味噌(甘口)

「ホテル支配人であり猟師をやっている坪井さんが、松野町の山に入って初めて取れた猪です。猪は脂身が美味しいので、ちょっと脂身苦手だなと言う方も、ぜひ挑戦してみてください」という北久さんの紹介に続いて、「今回合わせる『強め』と言うお酒は、兵庫の奥播磨で作っている熟成酒です。脂と合わせて飲んでもらったら、強さは優しさだと気づくと思います」という水原さん。今日初対面であった料理人と燗酒師のリズムも徐々にあってくる。

ドルチェは、目黒の和栗を使ったモンテビアンコ

全7品のイタリアンと7つの日本酒のペアリングイベントは皆、ほろよい気分で幕を閉じた。サーカスのような非日常的な2時間半。お客様の中には、日本酒が大好きな人、あまり飲めない人、愛媛の地元の方、旅行客、家族連れ、など様々だった。

ここで、改めて「レストランの在り方」について考えたい。筆者は、森の国Valleyの広報をしながら食の発信を担ってきた。レストランは、地方に眠る食の価値を上げ、世界に発信する力を持つ。社会においてとても大事な役割を担っていると考えている。

しかし、レストランが生産者や食材の価値を見いだせば見出すほど、無添加にこだわり手間をかければかけるほど、メニューの価格は上がり、人々がなかなか手の届かない「高級レストラン」となる。結果、富裕層のための、ラグジュアリーなレストランの世界になってしまう。一般消費者はより安いお店を選んだり、レストランから足は遠のいてしまう。

結果、どうなるか。「善い食」に触れる機会は減り、食を「安さ」でしか判断できない消費者が増え、食への関心が薄れていってしまうかもしれない。

梶田さんが話の中で、「美食」ではなく「善い食」という言葉を選んだのはなぜだろうか。梶田さんは「善い食」の話の中で、『何を食べるかで、将来の自分の身体が変わることを知ってもらいたい』と話した。「善い食」とは、誰かが定義するのではなく、自分自身に問うべきなのだろう。毎日3回も訪れる日常の食事の中で気づくこともあるかもしれないが、「レストラン」という非日常の中で、いつもより少しお金を出して、いつもより少し時間をかけて「食」に向き合うことで気づくこともあるだろう。

今回のイベントは、燗酒とピッツァのペアリングを楽しむ会という名目であったが、水原さん、梶田さん、北久さんの言葉の裏側には、「自分の身体の中に入るものと向き合って欲しい」という共通するメッセージが込められていたのだと、筆者は感じる。そこで見出される価値は、ただ2時間半の夕食の時間に対する価値ではなく、食べ手の将来の身体への投資と捉えられるだろう。

写真・執筆:井上美羽