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森の国の暮らし

2つの窯を循環する器

今日はSelvaggioの北久シェフが愛媛の陶磁器の窯元に行くというので、取材したいと言って、ついて行かせてもらった。

右手にピザ窯から出てきた灰を3袋抱えて、やってきたのは砥部町近くの山奥。
一面畑が広がる中に、ポツンと古民家が建っていた。

迎えてくれたのはおっとりしたなんとも不思議な雰囲気を醸し出す作陶家の宮内太志さん。

外で自己紹介も忘れて、これはなんですか?あれはなんですか?と矢継ぎ早の質問に丁寧に答えてくれたうえで、「とりあえずお茶でもどうぞ。」と中に案内してくれた。

砥部焼ってあいまいなんだ

愛媛の焼き物といえば、砥部焼。
白磁に青の染付けが象徴的な江戸時代から続く伝統的な焼き物だ。
焼き物の里・砥部には、100ほどの窯元が点在するという。

ただ、砥部焼って、どんな焼き物のことをいうんだろう…?
と器の知識が皆無だった私は宮内さんに聞いてみた。

「何をもって砥部焼というんでしょうか?」と聞くと

「はいわかりません。笑」

即答でした。

「結構ね、あいまいでね。
砥部の産地でやっていて、白磁に青の染付けをしてるスタイルのものが、砥部焼になってるんだけど。
これじゃないと砥部焼って言っちゃダメというルールもなくて、ん〜よくわかんない。笑」

焼き物に必要なもの

そもそも、焼き物にはどんな原料が必要なのだろうか。

聞くと、長石、石灰、珪石(ガラスの仲間)とカオリン(白い粘土)を合わせて、釉薬(ゆうやく)を作っていることが多いという。

釉薬は、陶磁器の表面に付着したガラスの層のことだそう。器がツルツルピカピカしているのは、この釉薬の働きによる。

例えば珪石の代わりに藁灰を使うこともあるという。そうした配合原料を少し変えることで、色合いや、質感に変化が出てくるのだそうだ。

そして今回はこの釉薬に使われる石灰の代用として、ピザ窯の灰を届けにきたのだ。

ピザ窯の灰を、水につけてアクを抜きふるいに落とすことで、釉薬の材料として使うことができる。

生活の中に自然に溶け込むサイクル

冒頭で灰を3袋抱えていたことには一切触れずに話が進んでしまったが、今回の訪問の目的はこの『灰』だ。

ピザを焼く時に必ず出てしまう灰。この灰は通常であればただ捨てられるだけのものであるが、これを欲しいと、喜んで受け取ってくれたのがこちらの作陶家、宮内太志さんだった。

釉薬の原料の一つとなる石灰の代わりに、ピザ窯の灰、つまりナラやクヌギ、カシなどの植物性の灰を好んで使っているのだという。

Selvaggioのピザ窯で出た灰を持っていくと、その灰を使って焼いてくれた器をくれる。
左奥がSelvaggioで使用されている"2つの窯を循環する器"

なぜ石灰石ではなく、植物性の灰を使おうと思ったのかと問うと「生活のリズムで循環できたらいいよね〜っていう感じ」と答える宮内さん。

「昔は台所でご飯作るのも薪を使って、その灰も肥料として畑に撒いたりして、そういう生活のサイクルだったみたいで。そういう昔からの流れもいいなと思って使いたいと思ったんよね。」

「灰汁のアクも僕らは捨てるだけやけど、昔は染め物の色止め材にも利用していたみたい。染め物屋さんはアクだけほしくて、アク抜きした灰を焼き物屋さんがもらうっていう循環があったみたいで、なんかそういうの聞くといいな〜と思って。」

循環する形が地域の中で業種を超えて存在し、そうしたつながりが素敵なストーリーを生み出す。

「うちのお皿はうちのピザ窯から出た灰を使っています、っていう話が一つあったら、ちょっと面白いからね。『すごい素敵』はちょっといいすぎかもしれんけどね。」

みんなちがってみんないい

植物性の灰にはリン酸などの余分なものが混ざっており、ムラが出てしまうし、安定はしないので、同じものを大量に作るのには向かない。

「でも、そういったムラが出る感じがなんか好きで、綺麗すぎないというか。」

お皿も宝石のようにピカピカの真っ白な完璧なものが良いとされ、美術館でも、綺麗で高質なものが並んでいることが多い。
それに対して、色々な窯があり、作品の幅もあり、みんなちがってみんないい、という宮内さんの柔らかい考え方は、なぜだか聞く人を安心させる。

「ざらざらしている土器みたいなのも好き。骨董から(器の世界に)入ったので幅広く色々な作風が好きで、これだけがいいっていうのはなくて。
自然成分で安定しないけどいいでしょ〜みたいな半分ゴリ押しで、狙ってる半分、偶然半分みたいな感じかな。
色つけも、細い線を引くけど、きちっとしすぎない、神経質になりすぎないところがいいなって思ってるんです。」

宮内さんは、『これがすごいんだよ』とか『こだわりはこう』とは言わず、自分の好きな感じをなんとなく表現して、好きなように器を焼いている。
このナチュラルさが魅力的だった。

宮内太志さん

何かに強いこだわりを持つと、同時に対局にあるものを否定することになってしまい、たぶんそれが宮内さんのスタイルには合っていないのかもしれない。
だから、言葉が全て柔らかいし、決して断定はしない。

今回の話を記事にさせて欲しいと伝えると、「ほどほどでやってるから、うそはないけど、カッコ良くは書きすぎないでね。」という宮内さん。

そんな人柄に触れた後、改めて彼の作品を眺めていると、器に彼の人柄が滲み出ていると感じずにはいられなかった。

ライター/井上美羽

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